と言いたいんですが、マイン、実は半分くらいこうなることを知っていたように思います。
驕っているように聞こえるなら申し訳ないですが、本当にそう思うのです。
これはマインの哲学なのですが、おちつく人間とおちつかない人間の根本的な違いは、『反省』できるかできないか、というところにあると思います。自分の悪い部分を客観的に見つめ直し、そこを必要なだけ直していく作業。マインの中での定義はこんな感じです。
反省をきちんとする事の出来る人は、どんどんおちついた人間になっていくことができます。逆に、反省する事ができない方は、いつまでたってもおちつかないままです。反省しない人間は、自分の悪い所を見つめる事が出来ないからです。永遠に悪い所をたくさん残したまま、なぜ生きているのか分からないような人生を送る羽目になります。辛いでしょう。
とはいえ、自分の力だけで反省するのは結構大変です。『客観的』などといくら言ってみたところで、自分は自分ですから、100%完全に客観視などできるわけがありません。
そこで、他人からの言葉が重要になってくるわけです。他人が「そこは直すべきだ」と指摘してくれる事によって、より自分の悪い点に気付きやすくなります。反省して悪い所を直し、よりおちつく人間になるためのヒントを、周りにいる人が与えてくれるわけです。その人たちの言葉に耳を傾け、自分の悪い点をきちんと改善できれば、人間は成長できます。
さて、今回いただいた賞の話に戻ります。
作品を提出した方々の中に、小説に関して『反省』できない方が多くいらっしゃるのを、マインは知っていました。道楽で小説を書いているからなのか、反省できない人生を歩んできた方だからなのか、それはマインの知り及ぶところではありませんが。
マインの小説は、「これはすごい」と思えるような、全く新しい設定があったわけじゃありません。少し考えれば誰でも思いつきそうな、簡単な舞台設定です。講評を下さった偉い先生も「うっかりすると、荒唐無稽な軽い話と見る方もいるかもしれない」とおっしゃったそうです。その程度のものです。
マインが賞を頂けたのは、他の参加者よりも『反省』ができたからだと信じております。かつてマインが、その偉い先生に注意されたのは二つ。
「小説は、アナタしか書けない事を、アナタの言葉で書くためにある」
「人や物の描写を大事にしなさい。アナタ達の小説は、それが原因で薄いものになっている」
マインが小説を書く時気を遣ったのは、この二点のみです。
作品のテーマを決め、それが伝わるように書く。描写は分かりやすくする。
ただそれだけなんです。それだけをしたから、マインは評価していただく事ができました。
小説を本気で書いている方々からすれば、こんな事は基本中の基本であるはずです。基本という地面があるから、面白い物語を走りまわらせる事が出来る。マインでも分かります。地面があるのは誰にとっても当たり前の事です。
これは、マインがそう言ったのではなく、先生がおっしゃった事です。他の参加者も、全く同じ事を聞いていたはずです。にも拘らず、それができない。これは、『反省』ができていないという事とほぼイコールで結びつくと、マインはそう思っております。
「山田悠介やあさのあつこ(名指しでくるとは思いませんでした、先生)の本や、軽い読み物(文字通りライトノベルの事?)の受け売りのような作品が多く見受けられました」と、先生の評。反省さえしていれば、受け売りなどでない自分の言葉で書けた(少なくとも書く努力はできた)はずなのに。
マインができて他の人にできないはずがありません。地面の上を歩けと、ただひとつそう言われただけなのに。どうしてみんなし先生の言葉を無視し、空中を歩きたがるのか? どうして反省できない?
マインの作品、どうやら高校生の全国大会的なものに出していただけるそうです。
きっと、当たり前のように地面を広々と敷き、マインなど比較にならないほど『反省』し、マインよりも素晴らしいものが地面の上を走りまわっている方が、大勢作品を提出なさっているでしょう。恐ろしい限りです。そんな所で一番を頂くには、どうすればいいのでしょう?
もっと言うと、こんな所で悩んでいる暇はないのです。マインは、高校生で一番になりたいんじゃあありません。そんな物くれてやります。
マインが欲しいのは、ラノベ作家として世間に認知されるための鍵です。すなわち、ラノベレーベルの新人賞です。そちらを頂き、ラノベ作家として活動させて頂くのが、マインの人生の大きな目標のひとつです。ええ、そうですとも。
その為にマインは反省するんです。幾度も幾度も反省します。
アナタも反省してください。人生が変わります。